多摩川の筏道

筏乗りたちが歩いた道を散策するための案内マップ

サイトの目的と作成方法

このサイトの目的

その昔、多摩川で見ることができた筏流しについての話しはいくつかあります。

たとえば、東京都狛江市のwebページの「狛江の魅力」には、筏流しの記事があります*1

そして現在の話しでは、手作り筏を使った「狛江古代カップ多摩川いかだレース」というイベントの記事もあります。

このレースは、2023年7月の実施で31回目で、永く続いています。*2

このように、多摩川の筏流しに関係した話しはありますが、その筏に乗っていた筏乗りたちについての情報は少なく、ましてや、筏乗りが歩いて帰った「筏道」についての記録はほとんどありません。

そこで、多摩川で筏に乗っていた筏乗りたちが歩いて帰った「筏道」について広く知ってもらう手段として、「多摩川の筏道」についてのweb版を作成することにしました。

 

目的1)多摩川左岸の筏道の地図をWeb版で作成します

東京都大田区が発行した書籍に『史誌12』があります。

『史誌12』は、大田区の自然、人、文化などをつづった読み物です。

そのなかに、多摩川左岸の筏道についてのページがあり、地図もありました。

そこで、このサイトでは、『史誌12』にある筏道の順路をインターネット用に作成することにします。

 

目的2)多摩川右岸の筏道をWeb版で作成します

多摩川右岸の筏道について、調べた範囲では出版物になった地図はありませんでした。

しかし川崎市多摩区中野島には、「川崎に現存する唯一の筏道」という案内看板のある道が、少しだけ残っています。

そこで、他の資料も参考にして「川崎に現存する唯一の筏道」につながる道を探し、インターネットで見ることができるように作成します。

 

目的3)筏道の沿道にある、いろいろな地物を紹介します

多摩川の筏流しの起源はよくわかっていませんが、江戸時代の始まりからは盛んに行われていたそうです。

多摩川の河口へ、筏を届けた筏乗りたちは、帰り道に、いろいろな村の道を歩いたことでしょう。

その村の道にたたずむ古い時代からある道祖神や祠(ほこら)を、筏乗りたちも見ていたはづです。

参考にした資料によると、筏乗りたちが道祖神や神社で帰り道の安全を祈ったとあります。

そこでこのサイトを読まれるみなさんは、気持ちだけ、当時の筏乗りになってください。

そして、筏道に今でも残る古くからの道祖神や祠を見ていくことにしましょう。

※読み方 地物・・ちぶつ 地上にある、いろいろなもの

 

このサイトの作成方法

順路を作成するための設定

多摩川の右岸左岸ともに、資料を基にしてつくった筏道の順路は、現在の道路上に設定します。

また、作成した順路が高速道路や川などでさえぎられた場所は、直線で描きます。

 

順路を作成のための参考資料の探し方と作成ツール

参考にした資料は、筏道が通る各地域の図書館の書籍や、郷土資料館の資料などです。

資料の中には郷土歴史会が発行したものなども含まれます。

次は、当サイト作成のため主に使うツールです。
・サイト本体:「 はてなブログ
・動的地図:「 Google Maps
・静的地図:「地理院地図」・「今昔マップ」
※「Google Maps」は、Google社の商標 
※「はてなブログ」は、はてな社の商標
※「地理院地図」「今昔マップ」については、当サイトの「資料の引用と出典」ページに詳しく示しました。
リンク先:資料の引用と出典

 

パソコンの利用を推奨

当サイトは地図と写真を多用しますので、スマホタブレットよりもパソコンの利用を勧めます。

 

 目的・引用出典・お問い合わせ 

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資料の引用と出典

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